”生きる”を発信するブログ

自分の人生を懸命に生きて、誰かの人生のお手伝いをしたい!がテーマです。

人が成長する瞬間

こんばんは

 

今日は投稿が少し遅くなってしまいました。

 

先日記事にした娘の自転車の練習ですが、とうとう乗れるようになりました!

youtu.be

日々成長していく娘の姿に感激です。

 

そんなわけで今回は、成長を支えるための、

人財育成のお話をしたいと思います。

 

プライドが高い

私が前の会社に入社したての頃、育成担当者の人に『プライド高いよね』と言われました。

プライドはいろんな体験から形成されていくもので、人としては大切なことですが、私の場合、そのプライドが自分自身の成長を止めてしまう原因にもなっていきました。

 

『自分は頑張ってる』

『周りが自分を理解してくれない』

人に言われたことを素直に受け入れられずにいました。

 

そんな私を育成担当者の方は認めてくれるはずもなく、

なかなか次のステップに進めずにいる私は頭を抱えて悩んでいました。

 

そんな時、育成担当者の方が言ってくれた一言が、

『はい。って素直に受け入れられないと、成長できないよ?自分は間違ってないって考えは成長止まらせるよ?』

でした。

 

知らず知らずのうちに私は、自分の成長を止めていたのです。

言われてもなかなか性格は直らず苦労しましたが、

それ以来人の声に耳を傾けることができるようになりました。

 

今思うと、その出来事は私が社会人になって、初めて大きく成長できた経験でした。

 

性格ではなく、行動を変える

その後、私も経験を積み、店舗運営を任せてもらえるようになりました。

 

新入社員が入ってくると、いろんな新入社員がいますよね。

元気で明るくキビキビ動ける人や、少しゆっくりだけど丁寧に仕事をこなしていく人など。

そんな中、私が育成を受け持った人でこんな人がいました。

 

”プライドがすごく高い”、”上から目線だ”などと周囲の人から言われてしまっている人。

 

例えば、一所懸命頑張っていたが、ミスの多いアルバイトスタッフがいて、

その人の前で、『〇〇さんはミスが多いので、△△さんやってください』と言ってしまったり、アルバイトスタッフがせっかく提案した事を、頭ごなしに否定して聞く耳を持たなかったりしていました。

 

私が彼に言ったのは、

『言ってることは分かる。仕事上での判断としては間違ってはいないんだけど、行動と言動は間違ってる。』

 

私が意識したのは、決して人格を否定しないことです。

”プライドが高い”、”上から目線”など、

性格はなかなか変えられるものではありません。

しかし、行動は変えられます。

 

大事なことは”行動を変えること”だと思います。

 

それから、数ヶ月後私の上司がお店に輪店した際に、

その新入社員を見て、『なんか雰囲気変わったね!』と言っていただけました。

 

人が成長していく事に喜びを覚えた経験でした。

 

人財育成に必要な事

私の場合でもそうですが、人が成長する瞬間というのは、

たった一言だったり、本の一瞬の出来事だったりします。

そんな一言や、一瞬を育成担当の人は、タイミングを逃さず、伝えてあげる必要があります。

そのためには、”いつも見てあげている”という愛情が必要です。

それには育成する人を本気で好きになる事が大切なのではないでしょうか?

 

尽くしすぎてる女性、尽くされすぎてる男性へ

いきなりアクセス数が伸びていてびっくり!

何があったんだと思ったら注目のブログに載っていたんですね!

読者のみなさんのおかげです。

大変励みになりました。

日々ありがとうございます。

これからも、読んでくれた方の誰かのお手伝いを目指して発信していきたいと思います。

 

今回は恋愛ネタです。

ちょっと自虐で公表するのが恥ずかしいのですが、

これも誰かのお手伝いになることを願って書きます。

 

尽くしすぎる女性

私が20代の頃、とある女性と交際しました。

初めはとても相性が良く、運命を感じ、いつかこの人と結婚したい!

そう思って付き合い始めました。

 

しかし交際期間は2年で破局。

 

彼女は私に尽くしに尽くしてくれるタイプでした。 

そこに私も運命を感じたりなんかしちゃってたのですが、

結論、私の人間力不足が原因なので、あまり偉そうに言うと、『自分の事を棚に上げてる』と言われてしまいまそうですが、ここは、あえて・・・あえて!書いてみたいと思います。

 

尽くしすぎが男をダメにする

彼女はとにかく私に尽くしてくれました。

自分の事は犠牲にしてまで、私のためなら何でもやってくれる。

そんな彼女でした。

当時の私は、

・彼女は私のことを愛してくれている。

・一途に私のことを想ってくれている。

・私が存在していることで、彼女は幸せだ。

そんな風におごり高ぶっていました。

 

行き過ぎる安心感がダメ男へ

今から考えるとかなり雑な対応してしまっていたことが多々ありました。

・メールがあっても『読んで理解したから』という理由で返信をしない。

・着信があっても、『後で要件聞けばいいや』という理由で折り返さない。

・私のために何かをしてくれても、『ありがとう』も言わない。

・喧嘩をした時に謝らない。

完全に彼女に甘えてしまい、男としてというより、人としてのマナーやモラルもなくしていました。

 

自分を持たない

尽くしすぎな女性は、自分を持たず、相手の事の為に自分を犠牲にすることが多いようです。

当時の彼女もデートの時など、私がやりたいことになんでも付き合ってくれました。

その結果私はどんどんわがままになっていきましたし、いつしか、それが当たり前になっていました。

 

心では見返りを求めていた

尽くしてくれるというのは、

見返りを求めない無償の愛のように見えていたのですが、

実は心の中でそれに見合った見返りを求めていたのです。

しかし、私はその気持ちに当然気づくはずもなく、

彼女が尽くしてくれた分の報酬を与えていなかったのです。

 

結果、私はわがままなまま、彼女は愛想を尽かし、破局へと繋がっていきました。

 

理想の尽くし方、尽くされ方

尽くしてくれる女性は男性にとっては、

包み込んでくれる優しさを感じます。

しかし、自分を犠牲にしてしまうように尽くしてしまったり、

見返りを心で求めるような尽くし方というのは、

男女どちらもダメにしてしまいます。

 

特に自分を犠牲にしてしまう女性は鬱になりやすい系統もありますので要注意です。

 

また、男性には本能的に支配欲があります。

もし、彼のわがままが増えたり、扱いが雑になってきた場合、

”この女性の事はもう自分が支配した”と心で感じているのかもしれません。

 

 

”男の自立を支えてくれる”

 

そんな尽くし方をしてくれるのが、理想なのかもしれませんね。

 

かなり自虐なネタでしたが、私も反省しております。

当時の私の彼女さんゴメンなさい・・・。

嫉妬深い人の為の、トラブル回避の為の考え方

初めて恋愛ネタを記事にします・・・

 

ずっと書きたいテーマがありました。

それは恋愛における嫉妬についてです。

 

私はこれまで恋愛をする度に、嫉妬について悩まされます。

以前にも書きましたが幼少期のトラウマで

独占欲が強くなり、嫉妬深い性格となってしまいました。

 

そこで嫉妬に関して突き詰めて考えてみたいと思ったので書いてみます。

※今回の嫉妬は恋愛におけるものを中心に書いてます。

ママ友同士の嫉妬や、女同士の嫉妬は含まれておりません。

嫉妬の正体

①まず嫉妬した時に相手に対する感情を列挙してみましょう。

・怒り、傷ついた気持ち、拒絶、悔しい気持ち、自分のものにしたい気持ち、その人に対して依存してる、自分がかっこ悪い、自分の価値が無い、うらやましい、負けた感覚、・・・etc

 

②嫉妬した時に自分に対してはどう感じているでしょうか?

・自分が嫉妬していることに対するかっこ悪さ

 

実際に嫉妬している時の感覚として、

嫉妬の正体とは、①と②の感情をごちゃごちゃにミックスした感覚ですね。

相手に対する負の感情と、自分に対する負の感情が入り混じっているため、

かなりの不快感がありつつも、②の感情があるため、相手に対してぶつける場所がないという厄介なものですよね。

 

嫉妬はしないほうが幸せ?

では、嫉妬は恋愛をする上でしないほうが二人は幸せを感じるのでしょうか?

私はこれまで恋愛をしてきた経験の中で、一度だけ嫉妬をしなくなった事がありました。

もちろん付き合い初めの頃は嫉妬の嵐でした。

しかし、『私は嫉妬している自分がかっこ悪い』の感情が勝ってしまい、

まったく嫉妬している感情を”表には出さなかった”のです。

すると、だんだん我慢する感情が蓄積されていき、

ある時糸が切れたように、まったく嫉妬しなくなりました。

誰と遊びに行こうが、どこで何をしていようが、何も気にならなくなったのです。

 

では、”気にならなくなった=幸せだったか?”というと、そうでもありません。

 

気にならなくなったのではなく、彼女に冷めてしまっただけなのでした。

その後、破局につながったのは言うまでもありません。

 

嫉妬は器が小さい?

よく嫉妬深い人は、”人としての器が小さい”という言葉を聞くことがあります。

しかし、私は嫉妬をするというのは、その人への愛があってこそ、

自分では抑えられない、不快感が生まれるのだと思います。

しかし、嫉妬の感情をそのままに、相手を傷つける行動を取ってしまうのは、

愛ある行動ではないと思います。

その行動こそが”器が小さい”という本当の意味だと思います。

 

嫉妬との向き合い方。

では嫉妬とはどう向き合っていけばいいのでしょうか?

”嫉妬深い歴31年”の私が実践していることを紹介します。

 

嫉妬は愛と考える。

なんだかんだ言って嫉妬というのは愛情あってのこと。

器の小さい人間だと思うことは辞め、『それだけ彼女を好きなんだなー』と認めるようにしました。

すると、不思議と腹がたたなくなったのです。

嫉妬深い自分をさらけ出す。

彼女に『俺実は嫉妬深いから、嫉妬した時は優しく対応してくれると助かる』などと、素直に言ってしまいます。

(場合によってはそれで引く場合があるのでお互いの関係性や相手の性格は考慮して)

それによって、嫉妬を溜め込む心配がなくなるので、嫉妬した時にちゃんと気持ちを吐き出すことができます。

嫉妬はしてもNGな行動をしない。

嫉妬は溜め込まず吐き出した方がいいですが、絶対にやってはいけない行動もあります。

 1.嫌味などを言って不要に相手を傷つける。

2.悔しさから、他に気があるふりをして相手に嫉妬させる。

3.大げさな展開を想像し、すぐ浮気として話を進めていく。・・・etc

これらの行動を取らずに、嫉妬をしてしまった気持ちだけを伝えるようにしましょう。

嫉妬=愛情という考え方

嫉妬=愛情

という考え方を、お互いに共通認識を持っておき、

トラブルにつながる行動だけは避けつつ、

『さっきの嫉妬しちゃったー』などと、気軽に吐き出せれば、

いつまでも嫉妬しあえる、愛情深い二人になっていくのではないかと思っています。

 

バツイチが説得力ないですね(笑)

運がないのは一体誰のせいなんだ?〜自分の中の原因〜

なんて運がないんだ!

みなさんはこんな風に思った経験はないでしょうか?

 

私はDVDなどを扱っている、某レンタルショップで店長をしていた経験があります。

 

私が店長になりたての頃でした。

やれ”大学のレポートの締め切りが・・・”、やれ”学校の授業が変更になった”、などで、アルバイトスタッフがどんどん辞めていきました。

配属早々にスタッフィング不足になり、少しお金をかけて求人広告媒体の強化を図り、アルバイトスタッフの採用を行いました。

 

5名募集したところ、応募が100件集まり、そのうちの60名と面接を行い、

より取り見取りで速攻で採用を決めました。

『これでスタッフィング不足も解消される。』そう思っていました。

しかしである。

採用したあるスタッフが、

『旦那の転勤が決まったので辞めなければいけなくなった』

と言ってきたのです。

再度募集が必要となり面接応募を待っているうちに今度は、

『すみません、学校の都合が悪くなってしまって続けるの難しくなってしまいました。』

という学生スタッフが出てきたのです。

 

その時の私は

『みんなどうしようもうできない理由で辞めていく!なんて運がないんだ!』

と思っていました。

 

みんなお前が悪い!

ある日エリアマネージャーが店舗巡回に輪店した際に、

離職率が悪い現状を伝えました。

私は『それじゃあしょうがないから採用頑張ろうよ』

そう言ってくれることを期待していました。

 

しかしです。

離職率が高いのはお前のせいだ!』

と言われたのです。

 

正直ムカッとしました。

”なんでスタッフの諸事情まで俺のせいになるんだ!”

 

しかし次に言われた言葉でハッとなりました。

『その辞めていったスタッフがお店で頑張ってたこと10個言ってみろ』

『そのスタッフがどこを改善すれば、次のステップに上がれるはずだったか言ってみろ』

『お前はそのスタッフのことをどれだけ知っているんだ?辞めた理由が本当の理由か?』

『心のどこかでこいつやる気がねーな、とか、

どこかでそのスタッフに対して本気じゃなかった部分があるんじゃないのか?』

 

旦那の転勤?学校の授業が?・・・違う!

”俺が働きやすくて楽しいと思える職場環境にしていなかったんだ!”

そこに気付いた瞬間でした。 

 

マネージャーはこうも言っていました。

『スタッフがここで働きたいと想い続けさせるのは店長の仕事だ!』

『それに責任を持てるかどうかを見極めるために面接があるんだ!』

 

自分がなんて甘く、無責任な店長だったんだと気付かされました。

 

”すべての原因は自分の中にある”

 

その言葉はその先店長をやっていく上で、ずっと意識してきました。

 

子育ての場面で・・・

親としては当たり前かもしれませんが、

私は子育てで、子供をしかるべき時にも常に意識しています。

 

少し例えとしては違うかもしれませんが、 

先日次女が長女のお財布からお金を盗みました。

その時私は、

『お金を盗むのは悪いことだって、〇〇もわかっていたよね?』

『でも、なぜいけないのか、どれだけ悪いのか教えられていなかったパパも悪い!〇〇に教えられなかったパパが悪い!』

『だから、パパは今から自分の事をビンタする!』

『パン!パン!パン!』と平手で自分のほっぺを三回。

次女『もうやめて〜!ゴメンナサイ!』

 

”盗みは悪い事だ”とパパが本気で伝えている。

その気持ちが伝わったからこそ、

盗んだ自分が悪かったという気持ちを持ってもらう事が出来ました。

もしそこで、『盗みをしたお前が悪い!』とだけ伝えて叱った場合、

本当に心から伝えることができたのだろうか?

そこの正解はわからないが、

次女は『パパー、私のせいでほっぺ赤くしちゃってごめんなさい』

って、謝ってきました。

本当に反省をしたんだなーと思いました。

 

人のせいにするのは簡単です。

でも自分の中に原因があると考えなければ、

自分も人も成長をしないのだと私は思うようにしています。

叱らなくてはいけない時

先日、【疑問!7歳男児置き去りで行方不明事件】

という記事を書きました。

 

子供の”しつけ”のつもりでやった事が行方不明につながったというものでした。

 

子育てをしていると、確かにしつけって難しい事が多いですよね。

 

その都度きちんとダメな理由を説明して、納得させる事が出来ればいいのですが、

忙しい日常の中ではそうもいかず、頭ごなしに『ダメだ!』と言ってしまい、

子供は何がダメなのか理解できず、ふてくされてみたり、同じことを繰り返しやって見せたりして・・・

 

会社などの人財育成の場でも『怒るのと叱るの違いを間違えるな!』と言われる事がありますが、ついつい感情的になってしまったり、逆に『怒ってはダメだ!』と思いすぎて、叱る場面で叱れなかったりすることもあるのではないでしょうか?

 

叱るべき時に叱る

 

では、どんなときに叱るべきなのでしょうか?

 

約束したことを守らなかったとき

約束とは言い換えるとルールですよね。

子供の世界にもしっかりルール(約束)はありますよね。

挨拶をする、時間を守る、清潔にする、言葉遣い・・・etc

もちろん子供でも、万引きやイジメ、暴力は大人と同じく罰せられます。

また、約束を守ることができない人は信頼を持ってもらえないでしょう。

そうなると社会に出てからも通用しないでしょう。

 

また、会社に入ると、大人として『コミットメントしたことは絶対に守る』という、

る意思があるかないかで、5年ご、10年後に大きな差が出るものです。

 

”約束を守る”

 

それを伝える事が大事ではないでしょうか?

 

相手の気持ちになって考えていない時

私は男3兄弟で育っているため、生活が少々だらしない部分があり、

トイレに入った後、トレイの蓋を占めるという癖がありませんでした。

それを大人になってから、『次の人のことを考えなさい』と叱られた時はすごく恥ずかしい思いをしました。

しかし、その時のお叱りがなければ、私は今でも後の人の事を考える癖はつかなかったでしょう。

子育てでいうと、自分の使った後の食器やテーブルの片づけなどでしょうか。

 

”自分以外の人の事を考える”

 

それを身につけていくことが大事ではないでしょうか? 

 

叱る場面を間違えない

いつもいつも叱られてばかりの子供は、

『何をやっても叱られる』

この意識が根付いてしまい、何をするにも臆病になってしまいます。

 

しかし、何をしても叱られることがない子供は、

『何をやったって許される』

この意識が根付いていき、犯罪を犯す大人になっていくでしょう。

 

叱るというのは2つの基準とタイミングが大事だと私は思っています。

 

叱ることは子供の為(相手の為)

人は注意したり、叱ったり、怒ったりすることを好きな人っていませんよね?

もし、『私は好きだ!』という人がいるとすれば、

その人は、自分の快感のために怒っているのでしょう。

そんなのは教育ではなくただの自慰行為です。

 

子供(相手)の5年後、10年後の為に、叱るべき時にはしっかり叱ることが大事だと思います。

それ以外はぎゅっと抱きしていればきっと大丈夫(笑)

疑問!7歳男児置き去りで行方不明事件

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今話題になっている北海道の男児(7)の行方不明事件。

どうも腑に落ちない点が多い。

 

事件の概要

・北海道の七飯町で28日に男児(7)が行方不明になった。

・両親の話によると躾けとして置き去りにして、500メートル先で車を止めて待っていたところ、追ってくる気配がないので、戻ってみたところ行方不明になったとのこと。

・当初道警函館中央署に捜索願を出した際に、両親は山菜採りに行った際にはぐれたと通報しているが、それは世間体を気にしての虚言であったと話している。

・行方不明になっているのは、北海道北斗市の小学2年、田野岡大和君(7)

・大和君は身長120センチで、行方不明になった時の服装は黒いTシャツでアルファベットのロゴが入っていた。赤色の運動靴を履いている。

 

以上が概要である。

 

疑問①公園での出来事の躾けをなぜわざわざ山へ行って?

きっかけとなった出来事は何だったのか?

家族4人で近くの公園をで、小石を人や車に投げつけるなどしたため、両親が「悪いことをするとこうなる」という意味で、同日午後5時ごろ、現場の山道で大和君を車から降ろした。

引用元:朝日新聞DGITAL

 ということである。

 

まず、躾けは”なぜ駄目なのか”が伝わらなければ意味がないので、

”悪いことしたらこうなる”は決して躾けではない。

 

躾けの手段の良し悪しは別の話として、

なぜわざわざ遠く離れた場所に連れて行かなければ躾けができなかったのか?という疑問が残る。

 

疑問②父親のインタビューの様子

一人の親としての疑問である。

自分の子が行方不明になって、なぜあんなにひょうひょうとインタビューに答えられているのか?

私であれば、まず気が狂いそうな状態になるであろうと思う。

あんなインタビューや世間体など気にする余裕などない。

どんなにかっこ悪くても、気が狂ってメディアの目など気にする余裕などない。

 

疑問③姉にまで嘘をつくように指示?

大和君のお姉さんにインタビューが回ってきた時、

お姉さんは『山菜を採りに行った。』と、当初の両親と同じ嘘を言っている。

 

本人も気にしていた世間体だが、

メディアでは父親を擁護する発言が度々聞こえてきている。

父親はすごく優しい」

「羨むほどの幸せ家族」

「目に入れても痛くないほど溺愛をしていた」

そんな出来た父親がなぜ自分の娘に”嘘をつかせる”ということをしたのだろうか?

それとも、評判自体が世間体を気にしてたことによる虚像だったのだろうか?

 

疑問④謎の通り過ぎた車2台とは?

大和君を置き去りにした後に2台の車が通ったのを家族が目撃しているという。

噂レベルだが、大和君を置き去りにした後に2台の車が通った家族が証言している模様。

このネタ元はネットでしか確認できていないので、信憑性は定かではないが、もしその2台の車が関係しているとしたら、事件は行方不明から一転しそうな話である。

 

大和君の行方と真相は?

事件のいろんな憶測がネットを通じて飛んでいます。

・熊に襲われたのではないか?

・大和君が自ら山を下り、すでに誰かの保護を受けながらも、親を懲らしめるために名乗り出ていないのではないか?

・最初から生きた状態ではなく殺人処理に困った狂言ではないか?

・行方不明ではなく誘拐事件なのではないか?

 

しかし、疑問、憶測がある中で、

→手段はともかく親の愛情が故の躾け

→何らかの事情で行方不明

→今も存命でどこかで助けを待っている。

→見つかってまた、家族が幸せに過ごしていく。

これが真実であることを祈ります。

娘の描いた一枚の絵

『パパー見て見てー』

 

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先日小学校2年生の長女が一枚の絵を描いて見せてきました。

※わかりづらい部分があったので多少投稿用に加工してあります。

 

・一番左の少女は長女が16歳の高校生になって学校に行く時の玄関の様子。

・その隣で見送っているのが実の母親。

・その少し後ろ(絵の中央)にいるのがパパ(私)。

・一番右側に扉があり、その扉の中に妹がいる。

 

父子家庭になって1年と半年が経ちました。

 

16歳の少女

今から約10年後でしょうか。

16歳となった長女はママと一緒にくらいしているのです。

長女は普段一切『ママと一緒に暮らしたい』といった、正直な気持ちは言いません。

まるで、もう諦めがついているかのように・・・。

しかし、寂しさはしっかり感じています。

そして、いつの日かまた一緒に暮らせる日が来る事を願っています。

 

笑顔で元気なママ

離婚間際のママは常に鬱状態で、昼間は薬のせいで眠り続け、

子供の世話どころではありませんでした。

 

離婚が決まり、別居するときに、

『ママは一人暮らしするんだよ』と言いました。

すると娘は、

『お病気だから一人の方がゆっくり休めるもんね』

その言葉に私は何も言い返せませんでした。

一緒に暮らしていることが辛いというのは娘にも伝わっていたようです。

 

”元気になれば一緒に暮らせる。”

 

絵の中のママは元気で明るいですね・・・。

 
私のセリフが『・・・』

子供がママの話をしたり、『ママに会いたいなー』と妹が言ったりすることがあります。

私は極力、間を空けずに『そうだよねー』と共感してあげるようにしています。

しかし、感受性の強い長女は、その時の私の表情をじっと見ています。

どれだけ演技をしても、長女の目はごまかせないのです。

どこかで微妙な表情をしているのでしょう。

私が将来”一緒に暮らすことは無理だ”という思いを、

子供に見透かされてしまっているのです。

ママと一緒に暮らせる日が来ても、パパはきっと微妙なんだろうなー。

そんな感情が『・・・』に表れているようです。

 

なぜか違う部屋の中にいれられている妹

実際は描き忘れたから、後からそういうことにしたと言っていました。

 

長女は自分でなんでもやらなければ気が済まない性格でもあるのですが、

しっかり者で、自分の物の管理、翌日の学校の準備、お風呂に入る時間、宿題をやる時間、全部自分で決めて動いています。

 

だからこそ妹は甘え上手になり、

長女は甘えることが下手な性格になっています。

姉妹とはそういうものだと思いますが・・・

 

しかし、だからこそ私は甘えることの上手な妹より、

甘え下手な長女に気を張って甘えられるように接してきました。

 

私は絵を見て長女の心に”甘えたい”のとは違う何かを感じました。

 

それは、母親のいない空虚感が、妹を描き忘れる。

ということに表れているのではないかと感じたのです。

いくら将来母親と一緒に暮らすことを想像しても、

拭い去れない現実の空虚感が妹を描き忘れるにつながったのかもしれません。

 

娘の心には今もママと一緒に暮らせる日々を望みながらも、

それは叶わない事だと肌で感じている部分や、

私へのなんとも言えない感情が感じられる一枚の絵でした。

 

私はただただ抱きしめてあげる事しかできていないのです。