”生きる”を発信するブログ

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娘の描いた一枚の絵

『パパー見て見てー』

 

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先日小学校2年生の長女が一枚の絵を描いて見せてきました。

※わかりづらい部分があったので多少投稿用に加工してあります。

 

・一番左の少女は長女が16歳の高校生になって学校に行く時の玄関の様子。

・その隣で見送っているのが実の母親。

・その少し後ろ(絵の中央)にいるのがパパ(私)。

・一番右側に扉があり、その扉の中に妹がいる。

 

父子家庭になって1年と半年が経ちました。

 

16歳の少女

今から約10年後でしょうか。

16歳となった長女はママと一緒にくらいしているのです。

長女は普段一切『ママと一緒に暮らしたい』といった、正直な気持ちは言いません。

まるで、もう諦めがついているかのように・・・。

しかし、寂しさはしっかり感じています。

そして、いつの日かまた一緒に暮らせる日が来る事を願っています。

 

笑顔で元気なママ

離婚間際のママは常に鬱状態で、昼間は薬のせいで眠り続け、

子供の世話どころではありませんでした。

 

離婚が決まり、別居するときに、

『ママは一人暮らしするんだよ』と言いました。

すると娘は、

『お病気だから一人の方がゆっくり休めるもんね』

その言葉に私は何も言い返せませんでした。

一緒に暮らしていることが辛いというのは娘にも伝わっていたようです。

 

”元気になれば一緒に暮らせる。”

 

絵の中のママは元気で明るいですね・・・。

 
私のセリフが『・・・』

子供がママの話をしたり、『ママに会いたいなー』と妹が言ったりすることがあります。

私は極力、間を空けずに『そうだよねー』と共感してあげるようにしています。

しかし、感受性の強い長女は、その時の私の表情をじっと見ています。

どれだけ演技をしても、長女の目はごまかせないのです。

どこかで微妙な表情をしているのでしょう。

私が将来”一緒に暮らすことは無理だ”という思いを、

子供に見透かされてしまっているのです。

ママと一緒に暮らせる日が来ても、パパはきっと微妙なんだろうなー。

そんな感情が『・・・』に表れているようです。

 

なぜか違う部屋の中にいれられている妹

実際は描き忘れたから、後からそういうことにしたと言っていました。

 

長女は自分でなんでもやらなければ気が済まない性格でもあるのですが、

しっかり者で、自分の物の管理、翌日の学校の準備、お風呂に入る時間、宿題をやる時間、全部自分で決めて動いています。

 

だからこそ妹は甘え上手になり、

長女は甘えることが下手な性格になっています。

姉妹とはそういうものだと思いますが・・・

 

しかし、だからこそ私は甘えることの上手な妹より、

甘え下手な長女に気を張って甘えられるように接してきました。

 

私は絵を見て長女の心に”甘えたい”のとは違う何かを感じました。

 

それは、母親のいない空虚感が、妹を描き忘れる。

ということに表れているのではないかと感じたのです。

いくら将来母親と一緒に暮らすことを想像しても、

拭い去れない現実の空虚感が妹を描き忘れるにつながったのかもしれません。

 

娘の心には今もママと一緒に暮らせる日々を望みながらも、

それは叶わない事だと肌で感じている部分や、

私へのなんとも言えない感情が感じられる一枚の絵でした。

 

私はただただ抱きしめてあげる事しかできていないのです。